研究テーマ
 
 
視覚認知と視覚長期記憶の神経機構
 
 
研究の紹介
 
私は,霊長類であるサルを実験動物として,電気神経生理学的・認知神経科学的実験技法を用いた研究を主に行ってきました.私のライフテーマは,視覚認知と視覚長期記憶です.
 
私の過去の研究について年代順に説明します.
 
1. サル海馬体・中隔核系における記憶の神経機構(1990-1994年)
 
海馬体・中隔核系は意識的な記憶(宣言的記憶)の形成に中心的役割があり,とくに場所や文脈に依存するエピソード記憶に重要です.私は大学院で,場所に依存する複雑な連合学習課題遂行中のサル海馬体や中隔核からニューロン活動記録を行い,これらの部位にサル自身の居場所とそこでの特定の出来事の組み合わせに応答するニューロンが存在することを明らかにしました.(主要論文-1)
 
2. サル後部上側頭溝における視知覚(運動視と両眼立体視)の神経機構(1994-1997年)
 
米国NIH, NEI, LSR留学中は,霊長類における運動視の中枢である後部上側頭溝MST野とMT野ニューロンの仮現運動に対する応答性を解析しました.私は,MST野のうち腹外側部にあるMST-l野は,背側部のMST-d野やMT野とはニューロン応答性と受容野構造および両眼視差選択性が明確に異なることを報告しました(主要論文-2).とくに後者については,MST-l野に絶対視差(固視点と視覚対象との視差)でなく相対視差(視覚対象間の視差)に応答するニューロンの存在を明らかにしました.(主要論文-3)
 
3. サル前部上側頭溝および前部下側頭皮質における視覚認知・記憶の神経機構(1997年-現在)
 
ここ数年は「顔」の認知・記憶を題材に研究を進めています.ヒトをはじめとする霊長類は,「顔」の認知がたいへん得意で,「顔」の中に埋め込まれた情報(いったい誰なのか,どこに視線を向けているか,どんな表情をしているかなど.)は社会的コミュニケーションの基盤としてたいへん重要な意味を持っています.私は現在,このように生態学的な意味を有する「顔」を題材に,ヒトやサルなど霊長類における認知・記憶について研究を行っています.
 
サルの側頭葉,とくに前部上側頭溝および前部下側頭皮質には「顔」に対して選択的に反応する「顔」ニューロンが存在する事が知られています.しかしながら,その機能はよくわかっていません.私は,実際に「顔」認知課題を遂行中のサル前部上側頭溝および前部下側頭皮質からニューロン活動を記録・解析しています.その結果,前部上側頭溝は「顔」や「視線」の向きを, 前部下側頭皮質は「顔」の既知性やアイデンティティを表現することを明らかにし,また,前部下側頭皮質の一部のニューロンの応答潜時は行動反応時間と相関があることも示しました.この結果はアイデンティティ認知における前部下側頭皮質の中心的役割を端的に示しています.(主要論文-4)
 
また,前部上側頭溝内でも吻側部と尾側部では「顔」ニューロンの応答性が,@最適「顔」方向,A「顔」方向に対するチューニングの左右対称性,および,B視線方向による応答修飾,において異なることを報告しました.この結果は不明な点の多かった前部上側頭溝の機能階層の解明につながる知見です.(主要論文-5)
 
 
現在,以下のような点にとくに関心を持ち,さらに研究を進めています.
 
1. 「顔」の記憶表現の意味構造と検索
生態学的意味を有する「顔」の記憶は,霊長類の脳の中でどのようにニューロンレベルで表現されているのか?さらに,「顔」の記憶はどのように構造化されて貯蔵され,また,どのように検索されて想起されるのか? ニューロンレベルの記憶表現のダイナミクスを主に神経生理学的手法に基づき,明らかにしていきたいと考えています.そして,このような「顔」の記憶表現を題材に,霊長類の長期記憶の洗練された意味構造とその検索過程の解明を試みたいと考えています.
 
2.「顔」情報の前注意的処理と模倣
ヒトにおける「顔」の情報処理は前注意的に多くの処理がなされていることが分かりつつあります.このような「顔」の前注意的処理を特徴づけるのは何か?主に認知心理学的手法に基づき,明らかにしたいと考えています.また,「顔」情報の前注意的な処理と社会的コミュニケーションや模倣との関係を明確にしたいと考えています.
 
 
 
主要論文
 
1) Eifuku S., Nishijo H., Kita T., Ono T.* : Neuronal activity in the primate hippocampal formation during a conditional association task based on the subject’s location. Journal of Neuroscience. 15, 4952-4969 (1995)
 
(概要) 場所依存的Go/Nogo課題および場所非依存的Go/Nogo課題遂行中のサル海馬体から,慢性的にニューロン活動を記録した。その結果,サルの居場所と刺激物体の組み合わせに放電するニューロンや場所依存的Go/Nogo課題で選択的に放電するニューロンが観察された。これらの知見からサル海馬体が場所に基づく複雑な連合記憶に重要な役割を有することが示唆された。
 
2) Eifuku S., Wurtz RH.* : Response to motion in extrastriate area MSTl: Center-surround interactions. Journal of Neurophysiology. 80, 282-297 (1998)
 
(概要) 仮現運動刺激を用い,サル上側頭溝後部に存在するMST野とくにMSTl野ニューロンの視覚受容野における中心-周辺相互作用を調べた。MSTl野ニューロンには,@明確な周辺受容野が存在すること,A周辺野による反応の修飾(抑制・増強)はMT野より大きいこと。B静止した周辺野によっても反応増強が起こることなどが示された。
 
3) Eifuku S., Wurtz RH.* : Response to motion in extrastriate area MSTl: Disparity sensitivity. Journal of Neurophysiology. 82, 2462-2475 (1999)
 
(概要) ランダムドットステレオグラムを用い,サル上側頭溝後部に存在するMST野とくにMSTl野ニューロンの両眼視差選択性を調べた。MSTl野ニューロンは,@両眼視差選択性を有すること,AMSTl野ニューロンとは異なり両眼視差依存的に方向選択性の変化を示すニューロンは見出されないこと,B一部は中心野と周辺野の相対視差に反応することなどが示された。
 
4) Eifuku S., De Souza W.C., Tamura R., Nishijo H., Ono T.* : Neuronal correlates of face identification in the monkey anterior temporal cortical areas. Journal of Neurophysiology. 91, 358-371 (2004)
 
(概要) 「顔」に基づいたアイデンティティー認知課題遂行中のサル前部側頭皮質(前部上側頭溝領域および前部下側頭回領域)から慢性的ニューロン活動記録を行った。その結果前部上側頭溝領域は「顔」の向きを,前部下側頭回領域は「顔」のアイデンティティをニューロン集団として表現していることが明らかになった。さらに,前部下側頭回領域にはニューロン応答潜時とサルの行動反応時間との間に有意な正の相関を有するものがあった。以上の知見から,前部下側頭回領域が「顔」のアイデンティティ認知に重要な機能を有することが示された。
 
5) De Souza W.C., Eifuku S., Tamura R., Nishijo H., Ono T.* : Differential characteristics of face neuron responses within the anterior superior temporal sulcus of macaques. Journal of Neurophysiology. 94, 1251-1266 (2005)
 
(概要) 上側頭溝前部領域内での部位(とくに吻側―尾側方向)による機能分化を明確にするために,サル上側頭溝前部領域吻側部と尾側部「顔」ニューロンの応答性を比較・解析した結果, 吻側部「顔」ニューロンは,@斜め向きの「顔」に選択性のあるニューロンが多く,アイデンティティ認知に有利な表現されていること,A鏡像関係のニューロン応答を示すものは比較的少ないこと,B「視線」によるニューロン応答の修飾は吻側部で著明であることなどが示され,上側頭溝前部領域における吻側部と尾側部の階層的情報処理が示唆された.
 

 

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